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6・23慰霊の日に思う

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                       魂魄の塔↑

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                     糸満市糸州の慰霊の塔↑



昨日、戦後67年目の慰霊の日を迎えた。私は、正午前に魂魄の塔で人をかき分けながら焼香した。


ここ魂魄の塔で手を合わせる人達は遺族か、その関係者が大半かもしれない。


重箱に、いっぱいウチナー料理のごちそうを詰め、香をたきながら手を合わせる老女の姿を見ると、何とも言い難くつらい気持ちになった。


恐らく米須一帯の山野か南部の地で亡くなり、遺骨を拾えなかった遺族はこの魂魄の塔に来るのだろう。


非戦の誓いのために参拝する者も多い。私もその1人である。


その後、糸満市糸州の積徳女学校最後の従軍の地、ガマに行き焼香した。


小さい花束が2つと、毛糸のまりが1コ祀られていた。ほとんどの人が立ち寄った様子を感じなかった。焼香の跡もなかった。


次に、豊見城城址公園内にある同じく積徳女学校の女子学徒が最初に従軍した防空壕と慰霊碑に行って焼香した。ここもひっそり感がして人の気配もなく、焼香の跡もなかった。


今は廃園になっている城址公園だが、慰霊の日は開放していた。城址の管理者に感謝した。


最後に字豊見城と小禄に接する海軍慰霊の塔に行った。ここは、修学旅行生や、観光客でにぎわっていた。


私も久々に資料展示室で当時の遺品や、証言録などを見てから帰った。


近年、遺族が段々と高齢化して慰霊の塔の管理が問題になっている。悩ましい問題であるが、県が管理するのが望ましい。


ただ代をつないで若い人達に戦争体験を語りつぐためにも、ボランティアによる清掃作業などへの参加を促したい。


私も10年程前までは、慰霊の日の前に清掃作業に参加していたが、今は中断しているので来年からは知人の従軍看護婦の慰霊の塔の清掃作業に参加することとしたい。


                           2012年6月23日  慰霊の日 後記



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                   豊見城城址公園内の慰霊の塔                
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プロフィール

にった宜明

Author:にった宜明
【おいたち】
◆糸満市出身、兼城小・中学校・糸満高校を経て日大法学部中退
 
【職歴】
◆島尻・中頭郡農業共済組合
◆沖縄県町村議会議長会
◆豊見城村役所

【地域活動歴】
◆豊見城団地自治会副会長
◆豊西団地自治会副会長

【労働運動歴】
◆労働金庫本店南部地区常任推進委員長
◆豊見城村職員労働組合執行委員長
◆自治労沖縄県本部副委員長

【政治活動歴】
◆豊見城市議会議員4期
◆沖縄県議会議員1期
◆自治労県本部特別執行委員・議員懇談会会長
◆社民党県連書記長・南部総支部長

【座右の銘】
◆愚公、山を移す

【趣味】
◆囲碁、釣り

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